ヒストリー(未公開)

まちの酒屋さんから地酒専門店へ

山田酒店は2024年2月に創業70周年を迎えました。

もともとは佐賀市大和町で椿油とあめがたの製造を営んでいましたが、昭和の初めに発生した水害を機に、佐賀県佐賀市城内1丁目に移転し、野菜から酒、薬など、生活用品を幅広く扱う商店を始めました。酒の免許制度が始まった昭和29年に酒販免許を取得し、商店も酒屋と八百屋に分かれて、正式に「まちの酒屋さん」となりました。

約33年前、一人で酒屋を続けることが体力的に厳しくなった2代目(母)に代わり、現店長(3代目)の山田晃史が勤めていた電器メーカーをやめて、22歳で店を引き継ぎました。当時、酒販業界はディスカウントストアや量販店が台頭し、価格面では太刀打ちできない「まちの酒屋」にとって厳しい冬の時代でした。売上が落ちる中、夜遅くまで店を開けたり、取引先を拡大するために飲食店を駆け回るなど、夫婦二人三脚で努力を重ねました。そんな苦境の中、転機となる出会いがありました。富久千代酒造(鹿島市浜町)の蔵元杜氏で、同世代の飯盛直喜さんから「佐賀を代表する酒を造るから、一緒に売ってくれる酒屋になってほしい」と声を掛けられました。飯盛さんも量をつくる酒蔵から、質を求める酒蔵へ脱却しようと、仲間を探していた時でした。

「地元の蔵元と酒屋が一緒においしい酒をつくり、育てていく」。今までにない、初めての試みでしたが、飯盛さんと山田晃史ら若手店主4人は、営業が終わった夜遅くに集まり、膝を突き合わせて、「新しい酒」の構想を何度も何度も話し合いました。構想から約3年が経った1998年、仲間とともに試行錯誤を重ねた新しいブランドがやっと形になります。地元紙で公募して決まった名前は、江戸時代に佐賀藩を治めていた鍋島家に由来する「鍋島」。特別純米酒(グリーンラベル)と特別本醸酒の2種類からスタートしでした。

 新ブランド開発に並行して、山田酒店も北九州市門司区の地酒専門店「田村本店」店主の田村〓さんに指導を仰ぎながら、蔵元と信頼関係を築き、店主が納得したお酒だけを売る専門店に変わっていきます。全国各地の日本酒や焼酎の蔵元を訪ね、自分の目で造りの現場を見て、自分の耳で蔵元の想いを聞き、自分の舌で酒の味わいを学びました。また、お客さんにとって居心地が良い店を目指して、日曜大工で店を改装し、包装やラッピングなど、贈り物としてより喜んでもらえるように工夫しました。

 「鍋島」